感想とか

腐ったオタクの長文壁打ち倉庫

「シン・エヴァンゲリオン劇場版」ネタバレ感想文

公開から一週間経ったということで。


以下は、初日夜に観てきた人間によるお気持ち文章です。

ふせったーにつらつら書いてたことのまとめとその他思ったことの羅列。

わりと批判的な内容かつ読みにくい文章かつ言いたいこともまとまってないので、そのつもりでお願いします。











う~~~~~~~~ん。

感情をメチャクチャにされましたね……悪い意味で……

というわけで以下、お気持ち長文。




やっぱり惣流・アスカ・ラングレーのオタクとしては突然ケンスケと式波さんのカップリングが発生したのが地雷過ぎましたね。
わたしはテレビシリーズおよび旧劇場版における惣流・アスカ・ラングレーからの碇シンジに対する激重愛憎感情に魅せられていたオタクだったので……
まぁ、そもそも新劇場版のアスカは式波なので惣流オタクはお呼びではないのかもしれないのですが。惣流?今も赤い海の砂浜で瞳孔かっ開いているよ。
今回のケンスケは非常~~~~に格好よかった。ていうかケンスケはテレビシリーズのときからいいやつだよ!!新劇でカットされたけど、シンジくんの家出回のケンスケがすきでな……。
今回、第3村で地に足つけて自立した暮らしを送る成人男性相田ケンスケ氏が、式波のそばに寄り添ってくれること、式波の幸せを思えばよかった。
でもケンスケが格好よければ格好よいほど、格好よい男性に寄り添ってもらうことで式波の孤独は癒された……という、ある種非常に陳腐なオチになってしまったなぁとも思ってしまう。
というか嫌な話、相手のいないキャラクター同士をくっつけたようにも見えますよね……もしそうだとしたら式波にもケンスケにも失礼な話だよ……
まぁ、男女間の関係をすべて性愛と読み解くのは危険かもしれないのですが……少なくともパンフレットのインタビューを読むと、キャストさんはあれを恋愛ととらえているので、演技にそういうニュアンスは入っているのでしょう。
でもさぁ式波さんは誰かに頭を撫でてほしかったって言ってたけど、そこに理想的な理解ある存在が現れて一件落着なんて結末でよいのだろうか……いや本人がいいならそれでいいのだが……自分で自分の頭を撫でてあげられるようになることだってひとつの答えだと思うのだが。

さて今回、式波さんの「好きだった」「わたしの方が先に大人になっちゃった」がショックすぎて危うく映画館の椅子からずり落ちるところだった。
14年は非常に大きい。その理屈は理解できるのだが、わたしはその14年をなにも知らないうえで結果だけ見せられているので困惑してしまう。
式波さんのなかでは破時代のことはいい思い出になってしまったということなのか……まぁ、大変な14年だったはずですものね……まぁ式波の中で好きが過去形になるのはわかるのです。
が、終盤、シンジくんが式波さんに好きだったということを伝えるシーンがあるわけですが……わけですが……

いや、破のときのシンジくん、そんなに式波さんのこと好きだったか……?

破のとき、わたしはポカポカするや翼をくださいを目の当たりにし、嗚呼、新劇場版のヒロインは綾波なんだなぁと思った。
シンジくんが何よりも優先して綾波を助けると断言してた姿を見て、新劇場版の彼の愛情はfor綾波なのだ、と納得した。
でもシンエヴァでシンジくんが、アスカに対してかつていだいていた好意をハッキリと明言したので、まあ大混乱……
わからん……好きって……何???
それって綾波への気持ちとは同じ?それとも違う?教えてくれシンジくん……。
かつて両片想いだったふたりが、それぞれの道に進んでいくという話をやるのはわかるのですが、前提条件として破のときのシンジくんの恋愛観がわからないから、シンエヴァのシンジくんが語るかつての「好き」をどうとらえればいいかわからないよ……!!

(さすがにこの「好き」がテレビシリーズおよび旧劇のころについてを指している場合、何もかもを許せなくなるのでその可能性はスルーで。)

そして式波さんは14年を経て「好き」を過去形にしているわけですが、シンジくんにその14年は存在しないのに、式波さんと同じように「好き」を過去のものにしちゃうのか……ほんとうにそれでいいの?
そして世界と天秤にかけてでも救いたかった綾波、かつて好きだった式波ではなく、シンジくんのとなりに最後にいるのはマリでした!!というオチ!!
わかるけどわかりたくない!!
どこにいても迎えに来てくれるマリは格好いいし美しい!わかる!!胸の大きいイイ女なのも知っている!!でもわかりたくない!!マリが破でぶっ壊したSDATが27以降のトラックに進むようになって、シンジくんたちも未来に進んだ、わかる!!最後書き割りの向こうの現実背景で神木隆之介くんの声帯になった大人シンジくんは現実の生き物として現実の恋愛をする!!わかる!
でもやっぱりマリの存在がどんな成り立ちなのか明確に語られることなく最後主人公とともに歩むパートナーとして描かれるのには違和感。
というか……マリの本命は式波じゃなかったのかい!!!!そこはあくまでも仕事のパートナーだったのかな……貞エヴァの情報含めるとさらに混乱しかないのだよな、マリの存在って……



そして同じく混乱しかなかった渚司令。
いや……メッチャかっこよかったけど!!!!
「リョウちゃん」とかのたまっている場合ではないのですよ司令!???
しかし結局破時点でのQ予告はなんだったのか。あのときの詰襟カヲルくんが渚司令なんです?
さて、渚カヲルくんの愛がアガペーではなくエゴやエロスであったと語られたことが個人的にはつらかった。
そんな……相手が幸せになるところをみたいのはそれで己が幸せになりたいからなんて……そんなんCLAMP漫画理論やんけ……(わたしはCLAMP漫画だいすきです)。
渚カヲルくんの描かれ方としては、今までにない感じだったのでびっくりでした。
(公式から示されるカヲルくん像として、「シンジくんが幸せだと、僕も幸せだよ」はアリだが、「シンジくんの幸せな姿を見て、僕も幸せになりたいな」はナシだと思っていたので……認識を改める必要があると感じた。このふたつには大きな違いがあるので……)



さて、終盤ではEOEのセルフオマージュやらテレビシリーズの映像やらがたくさん画面に出てきて、オタクとしては「知ってる!この構図!」みたいにはもちろんなったのですが……
でっかい綾波リリス。の件。
……正直、シンエヴァリリス、全然美しくなかった……。映像的なショックはここが一番大きかった……。
アニメとかCG系の技術に関して語る知識はわたしには欠片もないので、ド素人が何をいうか!今回のリリスは超すごいんだぞ!と言われればそこまでなのですが……。
個人的には、旧劇リリスに存在していた美しさ、畏ろしさのようなものが一切感じられなかった。
でっけぇ綾波は北上ミドリちゃんにマジレスマジツッコミをされる存在であった。
むしろ狙ってやっていたのか?オタクが旧劇リリス神々しい~~~~とか言って拝んでたから「いやこれはシュールなでかすぎる綾波で、変なものだよ、よく見て、ツッコんで」とわざわざ制作側に言われてしまったのでしょうか。そんな。
まぁリリス以外にも赤い海とか、産婦人科性病の看板とか、カヲルくんと天使像とか、知ってる画面ラッシュや、シンジくんと綾波の間に写し出されるテレビシリーズ映像とかがバンバンスクリーンに映し出され。
わたしはいちおう、新劇場版は新劇場版として鑑賞していたはずなのに、シンエヴァは綺麗に終劇していたかつての物語を再び引っ張り出してきた。
先述したシンジくんと式波さんのシーンは最たるもので。見たことのある風景、見たことのある構図のなかにいる、かつてのふたりによく似たふたりが、過去の好意を清算し合う場面はあまりにもショッキングでした。
旧劇場版で描かれた、傷つけあいながらも、不器用ながらもそれでも他者と生きることを諦めない結末。楽しいことだけでは生きていかれないけれど、楽しいことがあるかもしれない、というささやかな希望で人は生きていけるということが、かつてのエヴァンゲリオンでは描かれていたと思います。
その旧劇ラストとよく似た構図で今回描かれたのは、あまりにも清々しい男女の別れでした。
好きって言ってくれてありがと!僕も昔好きだったよ!今彼によろしくね!じゃあね!みたいな……



イ、イヤッ、


そんなん、

納得、

できるか~~~~~~~~い!!!!


感情が……追い付かんのですよ……


かつてのエヴァンゲリオンが描いた希望は、精神論かもしれない、なんの根拠もないもので、まさにシンジが言うところの「祈りみたいなものなんだ」。しかしだからこそ、誰しもが感情移入しうる可能性があったと思います。

シンエヴァ、登場人物の人間強度がメッチャ強いので……ちょっと眩しすぎましたね。わたしはまだこんな風に大人になれないよ……と目が眩んでしまった。もう普通にいい歳なのに……



まあ要はわたしが強く共感するのはテレビシリーズおよび旧劇場版だった、というだけのことではありますが、それでも。








シンエヴァ
結局、よかったなって思うところもあったし嫌だなって思うところもあったけどでもとにかくエヴァが終わってしまって寂しいやらなんやら!!!
加持さんが死んでたのは悲しいし冬月先生はかっこよかったしサクラちゃんのぐちゃぐちゃ感情はよかったし鈴原夫妻はHAPPYだったけど岩男さんの演技がアニメ声じゃなくて「ああ、妻であり母になったんだな」とショックを受けたし脳ミソ拾うゲンドウには興奮したし式波オリジナルとか式波シリーズとは一体!?となったし加持ジュニアは可愛かったし黒波ちゃんが切なかったしミサトさんが死んじゃったのもやっぱり悲しいし主は来ませりだし~~~~~~~~



……ここまでつらつら書いて、わたしは旧劇のアスカがシンジのことを「気持ち悪い」と言いながらも受け入れてくれたその言動に救われていたのでは、と思い当たった。
上で、新劇の登場人物は皆眩しいと書いたが、テレビシリーズおよび旧劇場版の主要人物は、少なくとも新劇に比べれば昏い。
かつてのエヴァンゲリオンの登場人物ら(特にシンジ、ミサト、アスカ)は、己の欠落や欠点を抱えながらも生きてもがいていくキャラクターだったのだ。
そして、立ち直れなくても泥水啜って這いつくばって生きていくんだっていう……そういう汚れたお互いを受け入れていこうというのが、平成のエヴァンゲリオンだったのだと思う。
しかし令和のシンジくんは、虚構じゃなくて現実で立ち直る強さを手に入れた。カヲルくんのお墨付きの強さを得たのである。シンジくんすごいよ!と謎目線になる己がいる一方で、置いていかないでシンジくん!と焦燥している己もいる。



うう~~~~~~~~ん、駄目人間が成長しないままでもそれなりに幸せになれるって信じさせてくれよ、エヴァンゲリオ~~~~ン!!




とりあえずまた旧劇を観直すか、などと思うのであった。
全然さらばエヴァンゲリオンできてないけど、まぁ、さよならはまた会うためのおまじないなので……



特にまとまらないまま



終 劇